初冬の富岡、明治29年から120年以上続く七味唐辛子専門店「吉田七味店」を訪ねました。スーパーなどに並ぶ市販品と比べると辛さはとても控えめで、素材の香りが感じられる豊かな味わいが特徴。ひと振りすれば毎日の定番メニューがよりおいしくなる七味唐辛子です。代々守り作り続けてきた製法や、江戸時代まで遡る七味唐辛子のルーツ、吉田七味ならではのおいしい食べ方など、3代目の吉田始(よしだ・はじめ)さんと4代目の吉田真也(よしだ・しんや)さんにお話しを伺いました。
決め手は焙煎、意外と知らない七味唐辛子の作り方
吉田七味の材料は、写真の上から時計回りに、青海苔、唐辛子、陳皮、山椒、紫蘇、麻の実と、真ん中の胡麻で7つです。
まず強火で胡麻を焙煎し、弱くなった残り火で青海苔、唐辛子、麻の実を焙煎して、1日寝かせます。
それぞれの素材をついて粉末状にして120年変わらぬ調合で混ぜ合わせ、七味唐辛子ができ上がります。
この日は始さんが熟練の仕事を見せてくれました。
「この作業がうちの味を決める一番大事な仕事です。」という胡麻の焙煎作業はいつも午前中に行われます。鍋に入れた胡麻をかまどにかけたら、息つく暇もないほど素早くかき混ぜ続けます。バチバチと胡麻が弾ける音とともに、香ばしさが作業場に広がります。
薪の火によっておいしさが引き出された胡麻や青海苔の香りが口いっぱいに広がるのが吉田七味のおいしさの特徴。これからも製法は一切変えずに守っていくつもりだと真也さんは自信を持って語ってくれました。
120年続く調合のレシピは「◯◯を何匙」と伝えられてきたそうです。細かく数量などが記されているわけではないので、まさしくその「匙加減」も受け継がれてきています。
「食から健やかに」七味唐辛子のルーツと、吉田七味店の歴史
吉田七味は辛さの異なる三段階の味があります。一番控えめの中辛、定番の大辛、一番唐辛子の配合が多い特辛とありますが、特辛でも市販品より辛さは控えめに感じました。辛さ先行ではなく香りを大切にしたおいしさなので、たっぷりバンバンかけて楽しんでほしいです。
薪火により引き出された素材の豊かな香りがまず広がって、胡麻や麻の実の食感が楽しく、最後に唐辛子がピリリと舌を小気味よく刺激して、次のもう一口を誘います。そばやうどんなら、手繰るごとに一振りするくらいたくさんかけるとおいしいです。
吉田七味のルーツは江戸時代に遡り、七味唐辛子の発祥・東京浅草の「やげん堀*」の流れをくんでいます。医者や薬問屋が多く集まる地域から、漢方の知識をもとに生まれた七味唐辛子。滋養が豊富で体を温め胃腸を健やかにする漢方のはたらきを、日々の食事で取り入れられると評判を呼び、各地に広まっていきました。
*江戸時代初期より続く七味唐辛子の元祖のお店。
書物などの記録はないのですが、吉田家もちょんまげを結っていたご先祖の時代から七味唐辛子を売っていたという言い伝えが残っています。それを初代の定吉さんが明治29年に「吉田定吉商店」として事業化、現在の吉田七味店まで120年以上続いています。
富岡周辺の人々に長く愛されてきたのはもちろんのこと、明治のころは富岡製糸場で働く工女さんがふるさとへのお土産として買い求めてくれたことでさらに名が広まりました。また昭和の時代には、高崎・田町や倉賀野などでは七味を売りに来てくれたという昔の思い出を持つ人々もたくさんいます。
「2代目のおじいさんのころは、その兄弟にあたるおじさんたちが引き売りをしてくれていたんですよ。中辛・大辛・特辛と入った三段の引き出しをスーパーカブや自転車の荷台に乗せて、『吉田屋の七味唐辛子〜』の口上とともに袋詰めをして、昔のお豆腐屋さんのような感じで売っていたそうです。その頃の思い出を今も楽しそうにお話ししてくださるお得意さまもいます。代々培ってくれたお客さまとのご縁も大切に守っていきたいですね。」(真也さん)
4代目の真也さんは今年で31歳。焙煎の香りや作業の音が日常の当たり前のものとして過ごした子ども時代を経て、「仕事」として七味店をやりたいと決意が固まったのは東京農大短期大学部のころに出会った先生がきっかけでした。
「もともとうちの七味唐辛子のことを知ってくださっていて、本当に美味しいとよく褒めてくださる先生がいたんです。改めてうちの七味の魅力を教えてもらって、頑張ってみたいなと思いました。」(真也さん)
「倅はやりたいことをやればいいと、もう俺の代でおしまいでもいいって思ってたんですよ。だから俺から何か言った憶えはないんですよ。親父から継いだときもそうだったけど、言葉で伝えて教えられるもんじゃなく自分で回数をこなして感覚を掴まないとだから、大変な仕事ですよ。継いでもらってよかったんだろうか、親としては今でもつくづく考えちゃいます。でもあいつ意外と頑固なんでね。」(始さん)
時を同じくして、富岡製糸場が世界遺産登録で大きな注目を集めたことで、街の雰囲気の変化も体感しました。全国各地からたくさんの人が訪れ新旧のお店が活気づく一方で、生まれ育ち遊んだまちなかの風景が開発の波により変わることには寂しさも感じたそうです。
「でも、色々な人に富岡というところを知ってもらえるのはやっぱり嬉しいことです。一時の盛況ぶりからはだいぶ落ち着いてきていますけど、個人旅行で来られている方がうちを訪ねてくれたりします。ネットショップを早くから開設していたこともあって、旅行で来て以来リピートしてくれるお客さまが北海道や沖縄にもいるんですよ。」(真也さん)
家業に入り10年、今は真也さんが中心となってお店を切り盛りし、不在の時は始さんがサポートする形。真也さんは広く魅力を知ってもらいたいと、積極的に関東各地の催事に出向いています。
「こういうのって代替わりすると決まって『味が変わった』って言われるものだけど、しょうがないと思うんですよ。俺の時も言われたし、親父も初代から変わった時に言われたって。みんな言われるんだから、それはそれで。真也の作った七味をいいと言ってくれるお客を大切にして、確立していけばいいかなと思ってますよ。新しい試みも色々やって、真也のやり方で地域に浸透していく形を作り始めてるからね。」(始さん)
七味唐辛子ってどういうもの?改めて魅力を伝えたい
真也さんが催事に出かけると、「七味=辛い」というイメージを持ってためらってしまう方も多いと実感するそうです。ひとたび試食をしてもらうとおいしさをわかってもらえるので、まず味を知ってもらうアプローチの仕方を日々考えています。
たっぷりかけておいしさを味わいたい吉田七味、定番の汁物や麺類のほかにも食卓での出番が増えるおすすめの食べ方を教えてもらいました。
「炊きたてのあったかいご飯にたっぷりかけて、お醤油もちょっとたらして、ふりかけのように食べてもらえると、七味自体の香りや味が堪能できます。実は長年ご愛顧いただいているお客さまから教えてもらった食べ方で、これはいい!と公式のおすすめとして紹介させてもらうようになりました。卵かけご飯にかけるのも最高です!」(真也さん)
守り続ける定番の味に加え、地域や季節を感じられる変わり七味も種類豊富です。特産の下仁田ネギをフリーズドライ粉末で加えた七味や、陳皮の代わりに柚子を加えた冬季限定七味、和歌山県産山椒を強く効かせた春季限定七味などが楽しめます。
またコラボ商品も続々。赤城銘販とコラボした「香る七味えのきラー油」や、甘楽町の富田製麺とコラボしたうどんスナック、県内食品企業と大学と現在開発中のソフトふりかけなど、様々な形で吉田七味のおいしさを味わえる機会も増えています。
独自の食文化である七味唐辛子、これからも長く食卓に寄り添うように、ワークショップの活動も始めました。
「スーパーなどで手軽に安く買えちゃう時代なんですが、七味唐辛子ってそもそもどういうものなのかというと、知らない方も多いと思うんです。どんな歴史やルーツがあって、どういうふうに作られているか、なかなかそこまで考えないですよね。辛くするもの、辛いもの好きが使う嗜好品のイメージを持つ人も多いですが、香りや味で食欲を刺激して体を健やかにしてくれるという魅力も広く伝えられたらと思っています。」(真也さん)
2023年にとある公民館から持ちかけられ始まったワークショップは評判を呼び、高崎や富岡で20回以上開催されてきました。七味唐辛子の歴史や作り方をレクチャーしながら、参加者は自分で配合したオリジナルの七味を作る体験をします。小学生が参加することもあり、小さい子が興味を持ってくれることが、とても嬉しかったそうです。
また、横浜の私立高校の先生がはるばる訪ねてきてくれて、合宿のレクリエーションとして200人の高校生を対象にワークショップも実現。若い世代に七味唐辛子の魅力を知ってもらう機会が着実に増えているようです。
振りかければ、どんな料理も味に深みが出て、ぐっとおいしくなる香る七味唐辛子。フライドポテトやコーンスープなど、和洋などのジャンルを問わず今までにない組み合わせを試すのも毎日の食事をさらに楽しくしてくれます。
吉田七味の商品は、JR高崎駅構内の群馬いろは、高崎高島屋、イオンモール高崎ぐんまるしぇなどでも購入できます。一番のおすすめは、やはり富岡市のお店。注文してから詰めてくれるので、七味の引き出しを開けた瞬間広がるおいしい香りにわくわくしながらお買い物が楽しめます。「寒い時期も健やかに」の願いを込めて、冬の贈り物にもおすすめです。
吉田七味店
群馬県富岡市富岡1071-5
TEL 0274-62-4088
営業時間 9:00~18:00
定休日 なし(場合により臨時休業あり)
yoshidashichimiten.com/