資源を活かして機能を増やす。高崎本町「まちごと屋」が実践する「新しいまちの仕組み」

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市根井直規 まちのわーくす

Photo by市根井直規

インタビュー

高崎市・本町周辺のエリアを中心に空き家活用やマッチングなどの事業を行う会社、まちごと屋。立ち上げに関わった物件は、次々と「まちを支えるお店」になっています。2021年のグッドデザイン賞も受賞した「まちを活用する仕組み」についても伺いました。

「まち」とは一体何なのだろうか。私たちはこの言葉をよく使うし、このWEBメディアの運営主体も「まちの編集社」という名前だ。しかし、いざ説明してねと言われたら困ってしまう。単純にお店と住宅の集合、つまり行政区分上の「町」がそのまま「まち」なのかといえばそうでもなさそうだし、人によって定義が分かれそうな言葉だ。

たとえば、こんな場所や仕組みが「まち」なのかもしれない。暮らす人、働く人、遊ぶ人がいる場所。ランチを食べて→本を買って→お酒を飲む……といった動線があるエリア。訪れた人のニーズを、ひとりの人やひとつの店舗だけでなく範囲で拾うこと。

今、まちについてもう一度考えてみたいと思う。自分たちが住む、あるいは行くまちは、どうやってできているのだろう。

まちのイメージを形成するもののひとつに「店」がある。馴染みの定食屋、知人が経営しているカフェ、行ったことはないが看板が目に入るパン屋など、店はさまざまな関わり方で私たちとまちを繋ぐ。

しかし、人も建物も老いるから、同じ店が永遠に続くことはない。店主はいずれ引退するし、建物も古くなれば壊されたりリノベーションされたりして、いつかは新しい店となる。つまり前提として、生態系と同じように、まちも代謝するのだ。

ただ、その「変わり方」にはバリエーションがある。お気に入りだった雑貨屋が建物ごと完全に取り壊されて駐車場になることもあれば、廃墟だと思っていたビルに美味そうなラーメン屋が入ったりする。ハードをどう変えるかは、まちを形成する大きな要素であることに間違いない。

高崎本町から、まちを作る

高崎市・本町(もとまち)通り。高崎駅から徒歩約20分、言うなれば「街」と「郊外」の間にあるエリアで、シャッターが目立つものの昔ながらの酒屋や金物屋も残る道だ。前橋と高崎をつなぐ玄関口のような位置にあるからか、1990年くらいまではいわゆる「栄えた場所」だった。

しかし、地方全体の人口減少や駅前の開発が進むにつれ住民や商売人は徐々に減り、空き家が多く見られるようになった。

このような状況で生まれた空き家は不動産市場に出ることがあまりなく、借り手が見つかりづらい。となれば貸し手であるオーナーも市場に出そうとはせず、そのまま空き家の状態で放置されるか、取り壊されるかの二択になりやすい。

この現象は、本町周辺に限らず全国の地方で発生している。これを知ったとき、何もしないことも一つの選択肢ではある。地方が空洞になっていくのが寂しいとしても、都市に住めば「別に大丈夫」だからだ。

そんな中、この状況をもったいないと感じ、黙って見ていられず、できることを少しずつやってきた会社が「まちごと屋」だ。

「限りある資産」に気づくこと

まちごと屋の活動はさまざまだが、そのうちひとつは、味のある物件の大家さんに直接交渉して、借りたい人とマッチングさせていくことだ。良くも悪くも時代の波が直撃している本町周辺には、味のある、「いい感じの物件」が多く存在する(たとえば、特徴的な梁が残っていたり、ゆらゆらしたガラスの建具が使われていたり)。しかしその多くは貸し手自身が高齢なため「片付けて不動産市場に出す」ことのハードルが高く、手付かずになっていたり、使い手が見つからないまま壊されたりしているのが現状だ。また、過去に物件を貸したことのある人でも、借り手とのトラブルを経験していると貸すことに消極的になってしまうのだそうだ。

すると、もし「この辺で良い場所はないだろうか」と考えている人が町を訪れ、「いい感じの物件」を偶然見つけることができたとしても、借り方が分からないままに諦めるしかない。

「大家さんからすると、そもそも貸せるものだと思っていないパターンが多いんです。『こんなところ、使えないでしょう』と。残っている家財道具も、心の重石になっている。でも、私たちが一目惚れしてしまったことを伝えると、『実はこれ、結構いいものなんだよね』とか、いろいろな思い出を語ってくれるんです。こうした空き家って、町の資産なんですよね」

まちごと屋取締役のひとり佐藤隆さん。本業では建築デザイン事務所を主宰する

「解体か活用か」を、一旦保留する

とはいえ、失われるスピードはやはり速い。空き家の活用には自治体から補助金が出るが、ある時、解体にも補助金が出ることになった。古い空き家は放置すれば朽ちて景観を崩し、倒壊の恐れなども出てくるため、この制度はまちを良くすることに寄与するものではある。ただ、物件を使い続けることには継続的にエネルギーがかかるため、「解体」と「活用」が天秤にかけられれば解体を選ぶほうが選択としては楽だ。

まちごと屋の事業の大きなポイントは、点在する素晴らしい物件たちを「一旦保留しておく」ことにある。もともと数が限られている貴重な資産を保存するには、取り壊される前に「ちょっと待って」と言う最初のひとりが必要だ。

本業でイベント企画やブランディングをおこなう企業を経営する、まちごと屋代表・大澤博史さん

「まちごと屋の活動を始めてから、日頃からまちを歩いていると『ここを借りて、こんなことができたら楽しそうだな』みたいなことを考えるようになりました。その建築と使われている風景とが直感的に結びつくと、守らなければいけない、と思うんです」

たとえば、取材を行っているこの場所(本町しもたや)はもともと薬局で、大正時代に建てられたものだ。2015年夏、建物に風を通すため、普段カーテンの閉まっている扉をオーナーさんが開けているところに大澤さんがたまたま通りかかり、ちらりと見えた内部の佇まいの素晴らしさに驚愕した。

母屋の奥には中庭があり、さらにその奥に物置と離れがあるという。ひと目で惚れ込んだ大澤さんは、自分たちが何者であるかということと、ぜひこの建物の良さを生かした活用をお手伝いしたい旨を手紙に書いて送った。これに前向きな返事があり、マッチングのお手伝いをすることになる。

オーナーさんは賃貸ではなく売却を希望していたが、広さもあるためなかなか借り手が見つからない。時が経過するうち、建物の解体も視野に入れた物件購入の話が第三者から持ち上がる。大澤さんは危機感を持ち、自分たちで取得して活用する方向に舵を切り、オーナーさんにその意思を伝えた。建物の取得費用と改修費用は用意できていない中での決断だった。

ここから活用方法の検討が始まる。大きさからしてひとつの事業者に貸し出すのは現実的ではないし、面白さもない。そこで母屋の一階と二階を分けて場所を活用することとし、一階にはお店を誘致、二階は自分たちで仕組みを作って運営するという基本的な方向性が決まった。

数ヶ月悩んだ末にたどり着いたのが「会員制シェアリビング」だった。まちなかにある、仕事場でも家でもないリラックスできる場所。会員になれば24時間365日自由に空間を使うことができる。

「まちごと屋の取り組みを理解して面白がってくれる人たちが、会費という形でこの場所を持ち合い、自分の居場所として豊かな時間を過ごしてもらいながら場を継続しようという仕組みです」

一階に入ってもらうお店も、この街のこの場所に必要で、なおかつ「共に運営していく」という気持ちでやりとりができる方を時間をかけて探し、桐生市の人気店、伊東屋珈琲に珈琲店を開いてもらうことになった。もともと古民家や工場跡の建物を生かしたお店づくりをしていたこともあって、この建物での出店をとても前向きに捉えてくれたのだという。

伊東屋珈琲、夏のオススメのアイスカフェラテ。注文が入ると店内に香ばしい香りが立ち上がる

一階と二階の活用方法が決まったのち、事業計画を持ってメインバンクであるしののめ信用金庫に相談に出向いた。

「『シェアリビング』という前例のない事業にも丁寧に耳を傾けていただき無事に融資していただけることになりました。2017年の夏ですね。土地建物取得の意思をオーナーさんに伝えてから融資がおりて売買に至るまで半年以上。理解があるオーナーさんと地域金融機関さんのおかげです」

そこから設計と改修がはじまり、限られた予算の中で自分たちで手を動かした箇所も多々ありつつ、晴れて開業したのが2018年2月のことだった。

アンフルティエールの焼き菓子を楽しみに待つ人々 写真提供:まちごと屋
旬の食材を使った焼き菓子は大人気で、売り切れ次第クローズとなる。営業日などはお店のWEBサイトから確認できる 写真提供:アンフルティエール

さらに2019年秋、荒れたまま手付かずだった中庭と倉庫をリノベーションし、ここにケーキ・焼き菓子の店「アンフルティエール」が入ることとなる。かつてまちごと屋が管理運営していたトライアル出店の場「MOTOKONYA(モトコンヤ)」で販売をしていて、モトコンヤの運営終了に伴って新たな出店場所を探していた。母屋の伊東屋珈琲と良い関係で共存できるよう、まちごと屋が橋渡しをしつつの入居だった。

こうして、ある種「気持ち先行」で取得に踏み切ったそれなりの規模の建物において、自社で構築した「会員制シェアリビング」と、考えを共有でき、街にも必要で、互いの相性も良い二組の入居者さんとをかけ合わせ、返済と運営に必要な費用を自律的に生み出す体制を構築することができたのだった。

加えて2021年4月には本町しもたやから徒歩3分のところに貸切型パーソナルフィットネスジム「しもたやGYM」をオープン、しもたや会員は月3回まで無料で使える仕組みとした。また、後述する「NAKAKONYA」はレンタルスペースとしての機能も持ちつつ、会員が予約や料金の面で優遇される「シェアキッチン」としての役割も持たせた。

月額費用を払うことで、まちなかのリノベーション物件に点在する「リビング」「ジム」「キッチン」各機能を利用できるしもたやのこの仕組みは、「新しいまちなかの暮らしを提案した」として2021年のグッドデザイン賞を受賞した(https://www.g-mark.org/award/describe/52958)。

NAKAKONYAも2015年から建物所有者と交流を持ち続けて“待った“をかけていた場所で、6年かけて活用が実を結んだ形だ
トークイベント、音楽イベント、撮影会など様々な用途で利用されている

NAKAKONYAは、2019年春に惜しまれつつ運営終了したMOTOKONYAを受け継ぐ場として2021年春にオープンしたレンタルスペース。建物の個性を活かしたリノベーションと設備のバージョンアップによって、トライアルを後押しする場としての可能性はさらに拡がった。この場所で2021年7月から、地域の農家などが自慢の商品を持ち寄って販売する「まちなか朝市」も始めた。

8時からはじまる朝市。出店者の農家さんが「このゴボウはきんぴらにすると美味しいよ」と教えてくれるので、献立に悩まない

「あのへん、なんかあるよね」まちに機能を増やすこと

「朝市を始めたきっかけは、地元の農家さんたちの悩みを聞いたことでした。コロナがなければ東京のマルシェに行ったり、売り込みに行ったり、外に出て直接野菜を販売する機会が多々あったそうなんです。しかし、コロナによりイベントがなくなって対面で売る機会がなくなった。それを聞いて、せっかくNAKAKONYAという場所ができたし、近くに悩みを抱えている人がいるなら何かできないかと思って」

最初はほとんどお客さんが来ない状態が続いた。時には「何回か辛抱してもらえませんか」と話して協力してもらったこともあるそうだ。それでも農家さんたちが協力してくれたのは、まちごと屋が地域に根付いた活動を諦めずに続けている結果だ。この物件がこの場所にある、その意味はなにか。そのシンプルな問いを持ち続け、形になるまで実践していく。そうした一つひとつの小さな活動が地域を動かす種となっている。

武井仁美さんは、まちごと屋唯一の専従スタッフとして運営施設を日々管理する。まちの編集社や「つぐひ」では時に記事執筆も担当

「参加してくれた農家さんたちは、元々“お客さんとコミュニケーションを取ること“を大切にしていたんですよね。私たちはその場を設けただけなんです。ただ、県外などへ売りに行く機会はあっても、逆に地元の人たちに直接対面で販売する機会はなかったみたいで。その機会をつくることはNAKAKONYAでできてよかったなと思います」

その土地で仕事をするということ。その場所で気持ちよく活動を継続できるのは、地元の人々からの理解と協力があってこそだ。SNSで話題になって、観光目的で人が集まって……と外から注目を浴びることも時には必要かもしれないが、現地で生活する人や働いている人たちを置き去りにしては継続は叶わない。

地元の人にとっての「火種」になる

まちごと屋の事業がきっかけとなり、書店、カレースタンド、コーヒー店などが続々と出店。本町周辺は新たなまちとして走り始めている。次の課題は、「住む人」を増やすことだという。

「いろんなお店ができたおかげで『遊びにきてくれる人』は増えたんですが、ニーズに合った住宅が少ないからか『ここに住む人』があまりいないんですよね。集合住宅についても考える余地があるなと感じています」

まちごと屋取締役のひとり、本木陽一さん。本業では地域活性・産業振興専門のシンクタンクを経営する

「まちづくりって、誰かに言われてやることじゃないんですよね。行政はそうなのかもしれないけど。地元の人が自然発生的に始めて、『あそこで何か面白いことやってるよね』と言われるようになるのがいい。まちごと屋が、その火種になったら面白いですね」

トップダウンの「まちづくり」ではなく、人が暮らすことを意識した熱意ある人々たちによる地道な実践。それは火種となり、周囲の人々の心を動かし、新しい代謝を生む。私たちのまちがこうやってできていくとしたら、今、どんなことをやりたくなるだろう。

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