築50年以上の古いビルを、地域に開かれた信金店舗として生まれ変わらせたしののめ信用金庫前橋営業部。その建物は、リノベーション建築という視点からも県内外から大きな注目を集めています。今回は建築設計の面から、プロジェクトの中心を担ったHAGI STUDIO の宮崎晃吉さんに詳しくお話を聞きました。ひとつの場所がよみがえるまでには、思った以上にたくさんのストーリーや想いがこめられていました。
宮崎 晃吉 (みやざき みつよし)
建築家 / 株式会社HAGI STUDIO代表取締役
1982年群馬県前橋市生まれ
2008年東京藝術大学大学院修士課程修了後、磯崎新アトリエ勤務
2011年より独立し建築設計やプロデュースを行うかたわら、2013年より、自社事業として東京・谷中を中心エリアとした築古のアパートや住宅をリノベーションした飲食、宿泊事業を展開。
「これはただのビルではないぞ。」
- 富岡市の古い二軒長屋を『まちやど 蔟屋 MABUSHI-ya』に生まれ変わらせた時のご縁が、このプロジェクト参画のきっかけだったそうですね。
宮崎さん 富岡での会合のあと上信電鉄に乗って高崎に向かうところで、たまたましののめ信金の横山理事長と一緒になって、上信ならではの電車の揺れとともに二人でお話ししていたら、僕が前橋出身という話になりまして。それで「実は前橋に課題を抱えた建物があって…」というご相談をいただいて、建物を見させてもらったのが2018年暮れのことでした。
- 当初は取り壊して建て替える方針だった前橋営業部のプロジェクトですが、宮崎さんが参画して最終的には既存建物を残して改修する形に。元々の建物を見た時のファーストインプレッションはいかがでしたか?
宮崎さん 「これはただのビルではないぞ。」というのが第一印象で。今回は経験豊かな金箱構造設計事務所にも参加してもらったのですが、構造計算書を見てそれほど致命的な欠陥は無く、補強で課題はクリアできるということがわかりました。そして当時の設計図面から昭和39年築のSRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)であることがわかって。この時代に地方都市で、柱が一本もないSRC造をこの規模で建てるというのは、かなり挑戦的で野心的なプロジェクトで、関わった人々が大きなチャレンジをして出来上がったものだと思います。もはや建てられて50年の月日を経ているんで、建築的には立派な歴史資源でもあるんですよ。この「ただものではないビル」が建て替えでなくなってしまうのは勿体無いなというのが最初の率直な感想でした。
宮崎さん あと、勿体無いというのはもうひとつあって。恐らく、今の時代に則した機能のみを合理的に収めて新築で建てようとすると、建物自体は随分コンパクトになってしまい、これほどの大空間は失われてしまうと思うんです。それであれば建物は活かしたまま、営業部機能がコンパクトになったぶん生まれる新たなスペースを活用する方が、しののめ信用金庫さんが目指している長期的な経営方針とも相性がいいんじゃないかなと思いました。
- リノベーションで残る余白をどうできるか、という面白さを考えると、この箱をこのまま活用したいという方向に行ったんですね。
宮崎さん 時代の趨勢的にもキャッシュレスな部分が増えて現金を取扱う量も減って、窓口業務の比重が昔とは大きく変わってきたので、現在の前橋営業部としては建物の規模ほどのスペースを必要としていないという前提がありました。だから、「建築の中にもう1個建築を作る」ような形で中に増築して、そこに信金業務の機能は収めてしまってセキュリティーはそこでしっかり完結させる。そうして余剰空間をもっと大らかに地域に開きましょうっていう。そのアイデアは計画当初からずっと変わらずありましたね。それで、Tone & Matter のプロジェクトデザイナー・広瀬郁さんにも早くから参画してもらって、事業の方向性と建物の活用のイメージを、関わるたくさんの人たちと共通のものにしていきながら進めていきました。
- 信用金庫の部分が本当にコンパクトで驚きました。広瀬さんの「プロジェクトデザイナー」というお仕事は、なかなか一般にはあまり聞かない職能だと思いますが、こういった一大プロジェクトの時に、交通整理をしてくれる頼もしい存在という感じなのでしょうか?
宮崎さん そうですね。特に今回は、FMぐんまさんが敷地内に移転してくる計画もあり、しののめ信金とFMぐんま、異なる2社がどうやって同じ方向を見ていくかということも重要で。1つの場所を共有していくことは簡単なことではないと思うんですけど、どういうプロセスを経てプロジェクトを進めると、いい関係性が作れていくか、という時に広瀬さんの提案がすごく光るんですよね。 広瀬さんが主導になって、場づくりの計画の本当に最初の段階から、若手職員たちの意見を聞くワークショップをやってきたんですよ。経営者層の方々だけでなくて、現場に立ってる人たちであり、これから組織を背負っていく人たちの意見や想いも汲んだ場所が作れるように、しののめだけでなくFMぐんまの職員さんにも加わってもらって。そうやってプロジェクトが進んでいきました。
- ワークショップで出た意見やアイデアの中で、印象的な言葉はありましたか?
宮崎さん しののめ信金さんは地域金融機関で、FMぐんまさんは地域メディアで、どちらも人を繋ぐ仕事ですよね。若手の職員さんは地域との一体感を真剣に求めているなと感じましたね。ワークショップでは「地域の人とゆるくつながる場所がいい」というアイデアが印象的でした。
特にしののめさんは、信金職員とお客様っていう立場だけじゃなく、いち市民同士としてのコミュニケーションとか関係性が生まれる場所が必要だと、本当にまっすぐな気持ちで職員の皆さんが考えていて感動しました。しののめ信金の〈愛本位主義〉という経営理念の話も横山理事長からお聞きしていましたし。それを僕なりには、サービスの送り手と受け手の関係性を硬直させないというか、もっとフラットに同じ目線で考えることも〈愛〉だなと受けとめて、場所のデザインを進めていきました。
宮崎さん 例えば、現代社会の資本主義の行き過ぎた“お客様は神様”状態って、消費者の自由を奪っている一面もあると思うんですよね。お客様然とした振る舞いを求められることで、可能性も奪っているというか。そんなところを、デザインの力でもっと同じ目線だったり、それぞれの立場で地域のために仕事をして生きていくというような、もっと自由な関係に向かわせることができたらいいなと。
- そのお話もリンクするのかもしれないですが、建物の中と外の境目もかっちりとしてないし、前橋営業部とFMぐんまと、外の『つどにわ』との一体的連続性もありますよね。そういう想いもデザインに表れているんだなと思いました。
宮崎さん 両社の敷地の境界は実はきちんとあるんです。でも見ただけではほとんどわからないでしょ?あと、1階ホールの建物の中心に置いてある照明は、一般的には外灯として使う照明なんですよ。ここは室内だけど、街に開く広場の一部なんだよっていうメッセージがあって、同じ照明を並ぶように庭にも置くことでまた内外の境目が薄くなっていくと。夕暮れになって明かりが灯ると、さらにどっちがどっちやら、不思議な感じになって面白いですよ。
バトンが受け渡され次世代につながっていく場所
- 今年9月、 前橋営業部オープンに先駆けてHAGI STUDIO 主催で行われた内覧会で配られたパンフレットがありますね。表紙を飾ったのは、リノベーション完了後の姿ではなく工事の途中の姿で、生まれ変わる直前にいちど構造だけになった建物の写真でした。この瞬間について特に想いが強いのでしょうか?
宮崎さん この瞬間まで結構ドキドキしていたんですよね。図面上では確かにあるはずのものだけど、実際にどんなものが現れてくるのか。この建物が建った時代の工法だったら、どんな型枠でコンクリートを打ち、どんな姿のものが出てくるだろうというのは頭の中では想像できていたんですけど、実際開けてみて予想と全く違ったらどうしようとか、50年以上風雨を耐えてきた建物は無事だろうか、と色々考えて。その前に一部を解体して確認してはいたんですけど、全貌は見えていなかったので解体工事中はずっとドキドキで。それで全部終わってみると、すごくきれいな躯体が出てきて。
宮崎さん 今回のリノベーション施工を担当している小林工業さんも内心はすごくハラハラしていたと思いますよ。もともと、旧・前橋信用金庫の時に小林工業さんが施工した建築なんで、昔の仕事ぶりが50年後に明らかになるという。蓋を開けてみたら、本当にきれいな仕事ぶりが改めて目の前に現れて、関係者全員がこれで「いける!」って確信を持ちましたし、横山理事長もこれを見て「残して本当によかった。」って言ってくれたんですよ。
- 自然と胸が熱くなる力強い写真だなと心に残っていたのですが、インサイドストーリーを聞いてその理由がわかりました!50年前の一大プロジェクトからバトンが受け渡され次世代につながっていく、すごくカッコよくて美しい姿です。
宮崎さん 小さな杉板を組み合わせた型枠でコンクリートの構造体が形作られているので、表面の質感も独特なんですよね。今の工法だったら型枠にベニヤのサブロク板(910mm×1820mm)とかを組み合わせて使うので、こんなに色々な表情は出ないですね。というのも、この建物が最初に建ったころはベニヤ板がまだ普及していなかった時代なんですよね。
- なんと、ベニヤがまだ無い時代だったんだ!
宮崎さん 無垢の小っちゃい杉板を無数に組み合わせて繋いで型枠を作って、そこにコンクリートを流し込んでいて。ベニヤが普及した現代では、もはやこんなに手間のかかる仕事にはお目にかかれないですからね。無垢板から映し出された風合いもそうですけど、当時の職人さん達の意欲的な仕事ぶりの痕跡もそこには残されているんです。
- なるほど、コンクリート現わしだけど不思議と温かみや生命力を感じるのは、そんなところも理由かもしれませんね。2階は天井が低くなっていますけど、この温かみのおかげか包容力があって落ち着きます。街に開いているオープンさと、個人の居心地よさが共存していますね。
宮崎さん そうそう、そうなんです。SRC (鉄骨鉄筋コンクリート)造の建物なので、柱がない代わりに梁がものすごい太いという特徴も魅力的で、これが色々な距離感で色々な見え方がするといいなと思いました。 天井が低いっていうのも悪いことではなくて、ヒューマンスケールになって人間と空間が寄り添うんです。1階ホールから見上げる大空間と2階ライブラリーとのコントラストの面白さも感じられると思いますよ。
リノベーションはより建築を自由にする行為
- 「リノベーション」という言葉が浸透しつつある昨今、 木造古民家などをイメージしやすいところではありますが、今後は昭和の時代に立ったビルなどの建物も空いてくるだろうし、地域の資源として活用が望まれると思います。宮崎さんはどんなことを大切にしていますか?
宮崎さん 確かに木造古民家とか、レンガ造の近代建築とかは見た目的にもわかりやすいですよね。一方、しののめ信金さんのこのビルはどちらかというと現代建築という範疇ですね。でもこういう戦後の現代建築もすでに長い月日を経ていろんな記憶が宿る場所になっているし、それ自体が価値であると思うんですよね。 と同時に、「リノベーションとリフォームの違い」みたいことが、色々なところで色々な解釈があると思うんです。構造現わしにして、見た目の雰囲気をかっこよくすれば、果たしてそれがリノベーションと呼べるのか、リフォームとの明確な差はどこにあるのか、という話にもなるんですけども。
宮崎さん リノベーションの面白いところは、既存の価値観を一度ひっくり返して自由をもたらすっていうことと、使い手と建物との関係性がもっと近くなるところだと思うんですよね。建築を作ったその瞬間よりも、その先を担う使い手のことに比重が置かれて、どうやってその場所を使いこなしていくか、 人が干渉する余地がどのぐらいあるかみたいなことが、リノベーションの大事なところで。「より建築を自由にする行為」っていうのがリノベーションだと思うんですよね。だから結局カッコよくても自由がない建築って、僕の中ではリノベーションとは呼べなくて。場所を作っていく・運営していくことに色々な人が当事者として主体的に関われるような自由度を、空間のデザインのプロセスの中にいかに織り込んでいけるかが大事かなと考えています。
- 色々な人が関わり続けてくれるような余地がある場所になるように、造形だけではない部分もデザインしていくということなんですね。想像力を働かせることがすごく必要となるし、価値観がひっくり返るような発明を生み出すのはなかなか大変なことだと思うのですがいかがですか?
宮崎さん 僕らがいつもプロジェクトを進めていくときに大切にしている共通の考えは、「ものの見方を変える」っていうことなんですよ。たとえモノ自体の姿かたちが変わらなくても、それについての解釈や見る方向性を変えてあげると価値が変わると思っていて。今回のしののめ信金前橋営業部では、まず広い視点でここのエリアの価値の解釈を変えようというアプローチをしました。もともとこのエリアの周りは行楽エリア(ex.るなぱーく、臨江閣)や、アートなエリア(ex.アーツ前橋、白井屋ホテル)や、商店街に官公庁街と、それぞれ特性がわかりやすいんです。でも、それらに囲まれたこのエリアはぼんやりしていて何とも言い表し難い、名付けようのない感じで。ただ、その見方を変えてみると、各エリアを「繋げる場所」であるという風に逆に定義することもできるんですよね。そうすると、ぽっかり余白だと思われていたものが、むしろ中心になり得るというわけなんです。
宮崎さん 例えば、親子でるなぱーくで遊んだあと、ここのコーヒースタンドでお茶しながらちょっと一休みして、そのあとは商店街に夕ご飯のお買い物に寄ってから帰ろう、とか。ここがあるからこそ、多くの人の日々のルートの中で、二つのエリアが繋がっていく機会が生まれてくるはずで。人々がワンバウンドしていく場所が作れれば、ぽっかり空いた存在感のないエリアだったのが、むしろ街に影響を与える場所に変身する可能性があるんです。
「見方を変える」という時に、現代アーテイストの赤瀬川原平の〈宇宙の罐詰〉って作品をよく引き合いに出すんですけど、カニ缶の外側に貼ってあるラベルを引っぺがして、それを内側に貼り直しているユニークな作品なんです。「どっちが外でどっちが中なんだろう?外から缶を覗いているつもりが、実は自分達が缶の中にいるのかな?もしかしたら我々は実はカニなのかな(笑)?」と見ている人に想像を働きかける作品なんです。内と外、中心と周囲、みたいなことは相対的な関係でしかなくて、カニ缶のように何か1つでもひっくり返ると、人々が見る世界がそっくりひっくり返っちゃうようなことがあるよね、ってことなんです。
宮崎さん 1つの建築ができたことで、前橋の街の各エリアを繋げる役割を担うことになって、これまでの街の関係性がひっくり返っちゃう…までは言い過ぎですけど(笑)、今までにない働きぶりをこのエリアが前橋の街の中で果たしてくれるのではないかと。発明と言うと大袈裟だけど…、見立てかな。うん、「見立て」ですね。それに基づいて広場の作り方も建築の内外の繋げ方も、全ての設計がその「見立て」に基づくコンセプトを目指して行われてきた感じです。
- このエリアを介して起こるひとりひとりの日常の少しの変化が、やがてじわりと街に豊かな影響をもたらしてくれそうな気がします。この場所を訪れてくれる人や過ごし方については、どんなイメージを膨らませてデザインを進めていましたか?
宮崎さん 金融機関としての一般的な目的で来ることに加えて、もっと普段から親しみを持ってファンになってくれる人をどれだけ増やせるか。デザインがその部分にどれだけ貢献できるかが大事だなと思っていました。それで、本がお好きな横山理事長の想いもあって、信金職員にも地域の人にも学びの機会として開かれているライブラリを作ることになりました。あらゆる方に来てほしいですけど、例えば学生とかの若い世代の人は自習スペースみたいな所をすごく欲していますよね。僕も高校は前橋の男子校だったので、勉強目的もあり出会いを探す場所でもあり(笑)。図書館の自習室にはしょっちゅう行っていて、今でも結構思い出深かったりして。
宮崎さん そんな学びの場所が新たに前橋の街中にできて、そこでは大人が学んでいる姿も横目に見ながら将来を考えられたりする。「前橋で働いて生きていく。」っていう人々の姿をリアリティを持って感じられる場が若者の中に良い思い出として残ってくれて、一度県外や海外に巣立って行ったとしても「いつか前橋に戻ってくるのもいいな。」ってなったらいいよねって、横山理事長やプロジェクトメンバーたちと話していましたね。老若男女あらゆる人に来てほしいですけど、特に若い人に対してはそんなイメージを持っていました。
ここまで長期的な視点で地域のことを思って決断ができるってすごいこと
- 家庭や学校とはまた違う場所で、好奇心を持って楽しそうに学ぶ大人たちを目にすることで、若い人はじめその場にいるお互いが何かいいきっかけを感じてくれたら素敵ですね。
宮崎さん いずれこの街にまた戻ってきてくれるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ゆくゆくは信金のお客さんになってくれたら最高ですけど、そうじゃないかもしれない。 でも大きく考えれば地域の発展に寄与するんだから、場所を作りましょう、と。色々な形の金融機関がありますけど、目先の利益だけでなく、ここまで長期的な視点で地域のことを思ってすごい決断ができるって、信用金庫という組織だからこそ、しののめ信金だからこそできたことなんだろうなって思います。
- ちなみに前橋で生まれ育った宮崎さんは、高校生当時はこのエリアにどんなイメージを持っていましたか?
宮崎さん 全然このエリアのことを認識してなくてですね…。正直、高校生の時の自分にとっては、信用金庫っていう存在すらよくわかっていなくて、ここにずっとあったということも見えてなかったです…(笑)。高校生にとっては金融機関ってあまり関わりのない所ですからね。でも今の学生たちは、学べる場所としてここを訪れれば『しののめ信用金庫』の名前は覚えますよね。若者たちが成長して、例えば起業をするから融資をお願いしようとなった時に、金利がなんぼ安いかとかでは金融機関を決めないと思うんですよ。細かいことや理屈じゃない信頼関係があって決めてくれることだと思うので。この場所での思い出や経験が、しののめ信用金庫の若いファンを増やしていって、結果的にそういうことに結びついていったら理想ですよね。
しののめ信用金庫 前橋営業部
住所:群馬県前橋市千代田町2-3-12
TEL:027-230-9100
営業時間:9時-15時
定休日:土日祝・年末年始
つどにわライブラリー
営業時間:月-土 9時-19時、日・祝 9時-17時
定休日:年末年始
SHIKISHIMA COFFEE STAND
TEL:050-5480-5023
営業時間:月-土 10時-18時 / 日・祝 9時30分-16時30分
定休日:火曜
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