古いものと新しいものがつながり広がる場所、朝陽堂

岡安賢一のプロフィール写真

岡安賢一 岡安映像デザイン

Photo by市根井

インタビュー

朝陽堂(ちょうようどう)は、築248年の総土蔵造りの建物を数年かけてリノベーションした古本・雑貨・ギャラリーとささやかな喫茶のお店です。

一歩中に入れば居心地の良さに体が包まれます。歴史を感じる黒い梁が渡る天井、外光が射す広い店内。使い込まれた木製の棚やテーブルには、場所に馴染んだ古本やかわいい雑貨、陶器やガラスの器などが品よく並んでいます。レコードの音が静かに流れ、大勢が訪れるお店ではありませんが、ここが好きで何度も足を運ぶ人たちがいます。その魅力を伝えるために、江戸時代から始まる物語をお伝えします。

歴史ある建物に今一度息を吹き込む

群馬県吾妻地域へ。最寄りの渋川伊香保インターチェンジから車で北西に進むと、後方に赤城山、左に榛名山、それに連なるようにしてなだらかな稜線が続きます。電車旅もまた格別です。吾妻線は1時間に1本程度のローカル線で、吾妻川と並走する車窓からは穏やかな里山の風景が広がります。

朝陽堂のある東吾妻町原町は、江戸時代初期に真田信幸が岩櫃山にあった城を壊し、そのふもとに作った町です。朝陽堂の山口家が現在の土蔵作りの店舗を建てたのは安永5年(1776年)と伝えられており、それが令和の今も昔の形を残し現存している事は、一つの奇跡と言っても大げさではありません。

歴史ある建物、と聞くと入ることをためらってしまいそうですが、その心配はご不要。店主である山口純音さんが穏やかな口調でこの店の成り立ちを話してくださいました。

純音さんは埼玉県出身。旦那さんであり美術教員をしている新さんの実家がこの建物でした。山口家は明治時代に地元教育に邁進した人物がいたり、世界的な建築家であるブルーノ・タウトが視察に来た記録が残る木工所を営んでいたり、吾妻地域の歴史と共に歩んだ家柄です。朝陽堂は2003年まで町の本屋を営み、閉店するまでの長い間、地域の人たちからは「土間のある本屋」として親しまれていました。

純音さんは東北芸術工科大学で工芸を学び、学生時代に新さんと知り合いました。工芸との繋がりから骨董や古いものが好きだった純音さん。結婚前、誰にも使われていない朝陽堂を知り、「夫婦で直してお店がやれると良いね」と群馬まで来てみると、店内は何十年と溜めてきた本や文房具、物、物、物でぐっちゃぐちゃ。何かを始められる状態ではありませんでした。

「それでも、ここがこのまま物置で朽ちていくのはもったいない、かわいそうと思って。自分たちの代でやれるなら、誰かがやらなきゃいけないなら私たちがって。軽い気持ちで始めたら、片づけに7年かかりました」

古民家再生の奮闘は、純音さん自身が制作・発行し店内でも売られている小冊子「朝陽堂リノベーションの記録」に詳しく掲載されています。

小冊子「朝陽堂リノベーションの記録」

「夫のおばあさんが本屋をしていた頃は店内が暗いという話もありました。リノベーションの際には天井を抜いて吹き抜けにしたり、昭和の頃につけた建具を取り払って、建てられた江戸時代の状態に近づけたいと思いました」

全てを職人任せにはせず、自分たちで行った漆喰塗りや最後の大掃除には友人や近所の方なども協力。そしてついに2021年1月末、新たなる装いと気持ちで、朝陽堂が開店しました。

取材したこの日も、地元の移住コーディネーターが田舎暮らしを考えている県外の移住希望者を伴って見学に訪れていました。朝陽堂は、古き良きものを今の時代に残したい人たちにとって、お手本となる大切な場所になっています。


1冊の本との出会いを大切にする

本のジャンルを示すサインは旦那さんによる手書き

朝陽堂が扱っている古本は、群馬の郷土本、文学全集や美術書、小説、エッセイ、雑誌と様々。以前本屋として営んでいた頃の本もありますが、長年放置されダメになってしまった本も多かったとのこと。本の専門家ではないので開店当初はどんな本を置いて良いかわからず値段の付け方もわからなかった純音さん。「これはとても良い本だから、こんなに安く売っちゃダメだよ」とお客さんからアドバイスを受けたこともあったといいます。

工芸を学んだ純音さん。扱っている漆塗りの箸や味のある陶器の中には大学時代の同級生の作品もあります。朝陽堂を訪れたこともあるブルーノ・タウトがデザインした「竹皮編み」を今に伝える伝統工芸士・前島美江さんの作品も販売。そのきっかけは、この店に通うお客さんが「ここはタウトに縁のある場所だから」と前島さん本人を連れて店に来てくれたことでした。朝陽堂は、この場所を愛するお客さんによって、育てられていく店なのです。

今の流行りを追わない古本を眺めていると、自分が本当に興味があることは何だろう、と考える時間が生まれます。群馬のこの山に登ってみたいとか、著者の名前は知っていたけどこれこそ今自分が読むべき本かもしれないとか。そんな、本との出会い方について純音さんに伺いました。

「本だけだったら店に入りにくい人もいると思うんですよ。だから雑貨も置いているんですけど、雑貨のついでに本も買ってみようかなってなったらいいなって。ここで初めて本を買ったという人もいて嬉しいです。そういう場所になったら良いなと思っています」

店内に並ぶ雑貨の一つに、昭和の時代に作られた朝陽堂オリジナル手ぬぐいがあります。デザインは当時のままに、隣町・中之条町の「中之条ビエンナーレ」にも参加する染色作家の関美来さんが刷り直した、復刻版手ぬぐいです。そこには、今の時代にも通じる先人の願いが綴られています。


新しい関係性を育む、開かれたお店

朝陽堂ではクラフト作家による展示販売や、定期的に行われる句会や読書会、お客さんが店主となって古本を持ち寄る「一箱古本市」など、様々なイベントも行っています。この日は東吾妻町内に工房を構える陶芸家・石橋紀子さんの展示が開催されていました。

石橋さんにとってここは生活圏。興味を持って寄ってみたら陶器も置かれていて、純音さんに話しかけたそうです。純音さんは石橋さんの工房を訪ね、今回店内で「野の窯 石橋紀子陶展」を行うに至りました。石橋さんはさらにここで定期的に行われている読書会(毎月テーマとなる本を決めて、参加者が各々に感想を語り合う会)にも参加されていて、この場所の印象について「純音さんの頑張りだなって思います。本当に良くこの場所を作ってくれたなと思います」と話してくださいました。

陶芸家・石橋紀子さん(左)
石橋紀子さんの作品と、石橋紀子さん・栗原直樹さんの著書。石橋さんは当サイト「つぐひ」の第一号記事、2019 年に公開した栗原直樹さん(教員/「榛名山麓はくぶつ日記」著者)の奥様でもあります。偶然の繋がりに感動した我々取材班と盛り上がる一幕もありました。

朝陽堂の二階は、ギャラリー・イベントスペースになっています。何世代も昔、商いで賑わう時も、長年に渡り人が踏み入れない時も、長く太い梁が250年程の間、この場所を支えてきました。純音さんの代になり、古本市の会場や、赤城山にガラス工房を構える「六箇山工房」等クラフト作家の展示会場になりました。この空間を気に入った現代美術作家の小野田賢三さんや西島雄志さんが美術展を開いたこともあります。

純音さんに朝陽堂以外のこの地域のお勧めを伺ったところ、少し足をのばした先にある四万温泉や沢渡温泉という観光地のほかに、フライヤーを交換し合う地域の店の名前が次々に挙がりました。

体に良い食を提供するカフェ「Serenite(セレニテ)」(東吾妻町)、手工芸カフェ「うた種」と、同じ敷地にある小さな本屋「フクロコウジ」(中之条町)、和定食も食べられるリノベーション建物の「かたや」(中之条町)、山間の雑貨の店「カエルトープ」(高山村)、ここで展示もした現代美術作家・西島雄志さんのギャラリー「newroll(ニューロール)」(東吾妻町)。それらの特徴としては、この場所と同じようにリノベーションした建物であり、通常営業以外にイベントや企画展を行う店も多く、常連さんが各店々を巡回していることです。

「朝陽堂のためだけにわざわざ来てもらうと悪い気がするんですけど、いくつか回れるところがあればいいかなっていう感じです」

仲間の商店と共同で作ったフライヤー、イラストは旦那さんによるもの

人の輪が広がる理由には、場所の魅力はもちろん、控え目な純音さんの人柄が含まれています。

「基本的に自信がないんです、いろいろなことに。うまくいかないかもとか、ネガティブだから。なんですけど、3年やって、もうやるしかないっていう気持ちにやっとなってきました」

古いから、歴史があるから、というだけでは今を生きる人たちには響きません。その良さに触れるためには、それを仲介する場所や人が必要になります。里山が残る土地にわざわざ足を運び、顔の見える相手と豊かな時間を分かち合う。それは、会わずとも簡単にコミュニケーションがとれる今だからこそ、新しい体験であるように思います。

店で出している珈琲「日々の栞」は、隣町の福祉作業所「ほほえみ工舎」と味を吟味して作ったオリジナルブレンド

朝陽堂

住所:群馬県吾妻郡東吾妻町大字原町444番地2
TEL:070-2832-1531 
営業時間:
(12月~3月)
木金土日 13:00~16:00
(4月~11月)
木・金 10:00~16:00
土・日 13:00~17:00

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