下仁田町出身の店主がUターン開業した「カレーと珈琲 シモンフッド」。東京でフードカルチャー誌等の編集者として働いたのち帰郷、絶品のスパイスカレーとスペシャルティコーヒーで町の中と外をつないでいます。「地方でお店をやること」、その将来を担う大切な場所になることを目指して。
群馬県西南端の町、下仁田。2019年秋、ここにスパイスカレーとスペシャルティコーヒーを提供するお店「カレーと珈琲 シモンフッド」が新規オープンしました。
酢とブラックペッパーの刺激、口の中でとろける豚肉が特徴の「ポークビンダルー」、そしてほうれん草の風味にトマトとモッツァレラの酸味が効いた「サグカレー」など、複数種類のカレーを提供。プレートにはどっさりと副菜が載り、彩りも鮮やかです。
そして今回の記事は、シモンフッド店主の阿久沢慎吾さんへのインタビュー。
阿久沢さんは下仁田町で生まれ育ち、東京で雑誌編集者をしたのちにUターンしてお店を開きました。オープンのきっかけや地元・下仁田町への想い、地方でビジネスをすることなどについて伺っていきます。
たまたま目に入った「チャレンジショップ」の募集から、地元での開業を決意
─まずは経緯をお伺いしたいのですが、ご出身は下仁田町なんですよね。
阿久沢さん はい。出身は下仁田町で、大学進学をきっかけに上京しました。卒業後はデザイン事務所でWEB関係のデザイナーをしていて、その後に出版社で雑誌の編集の仕事に就きました。
─そこから、どうしてUターンしようと?
阿久沢さん もともと、いつか戻ってきたいなという気持ちはあって。出版社で10年働いてみて、東京でやりたいこと、雑誌の編集者としてやりたいことは大体できたかな、と思ったときにUターンを決めました。18歳で上京して17年間東京で過ごしたので、ちょうど半分ずつでキリもよかったし(笑)。
─とはいえ下仁田町で新規開業するのは、なかなかチャンレンジなことだと思いますが……?
阿久沢さん 実は、最初は富岡市の中で物件を探していたんです。「さすがに下仁田は人が少なすぎるのでは」……と思って。でも、いざ戻ってきてみたら富岡市も人口減少の打撃を受けていたし、なかなか決め手を感じられずにいて。
そんな中たまたま下仁田町がチャレンジショップのオーナーを募集していることを知ったのが大きなきっかけとなりました。2019年5月くらいのことです。
※チャレンジショップ……自治体などが新規開業者に向けて店舗空間を安価で提供する事業。まちの活性化、空き家問題解消などに貢献する取り組みです。
阿久沢さん 見学に来てみたら、予想以上に立派な建物で驚いてしまって。利用期間は3年間と制限があるのですが、家賃が安く、町からのサポートもあります。これなら試しにやってみるのもいいかなと思い、ここでお店を開くことにしました。あとは……実現できるのであれば、せっかくなら地元でやりたいな、という気持ちも持っていましたしね。
─町の取り組みが背中を押したわけですね。こちらは過去どんな施設だったのでしょう?
阿久沢さん お米やお茶を販売している「恵比寿屋」さんの米蔵だったのだそうです。カウンターやテーブルはこちらで用意したものですが、棚はもともとあったものを使わせていただいています。
─米蔵ですか!ほんとうに、下仁田町は物件の宝庫ですね。ちなみに、外観や内装はご自分でリノベーションされたのですか?
阿久沢さん 最初はすべて自分でデザインしようと思っていたのですが、物件があまりに素晴らしかったので「自分ひとりで考えたデザインではもったいないぞ……!」となり、プロの知り合いに手伝ってもらいました。
「料理経験一切なし」それでもカレーとコーヒーを提供する理由
─「カレーのお店を開こう」ということは、もともと決まっていたのでしょうか?
阿久沢さん 下仁田町に戻ってくるのは決まっていたのですが、何をするかは決めていませんでした。地元でどこかの企業に入ることはあまりイメージできなかったし、どうしようかな……と考えた先にカレーがあって。
─それはやはり、雑誌編集者の経験から。
阿久沢さん そうですね。フードカルチャー誌『RiCE』での編集者時代、カレー屋のオーナーに話を聞くことも多くて。彼ら、なぜかみんな楽しそうなんです(笑)。ミュージシャンとかデザイナーとか色々なジャンルの人たちがお店をやっていて、中には1年の半分くらいはお店を閉めてインドに行っちゃう人とかいるんです。そんなカレー屋の自由なスタイルに取材でふれて興味を持ったのがきっかけですかね。
─確かに、カレーって色んなカルチャーと接続している気がします。
阿久沢さん カレーなら年配の方でも子どもでも食べられるし、写真に撮っても鮮やかだし。下仁田町という地で提供するのに向いているのかな、と思いました。スパイスカレーは主に都市部で流行していますけど、その波を群馬にも持ってこられたら嬉しいですね。
─いただいたカレー、すごく美味しかったです。料理の修行はどちらでされたのでしょうか?
阿久沢さん それが……このお店を開くまで、料理の経験は一切なくて。
─えっ!?それにしてはクオリティが高すぎます……!
阿久沢さん 『RiCE』を通じて知り合ったカレー屋さんを参考にしたり、本を読んで勉強したりしました。本格的に作り始めたのは下仁田町に戻ってきてからですね。寿司やイタリアンだと修行が必要ですが、カレーなら趣味で作っている人も多いし……という考えで。
─店名に「珈琲」という言葉も入っているとおり、カレーに加えてコーヒーも提供されていますね。どうしてその2つを合わせようと思ったのでしょうか。
阿久沢さん 下仁田町には、「ちょっとお茶できるところ」が少ないなと思ったんです。出歩いている人は少ないですが、見えないだけで下仁田町で働いている人はたくさんいるし、よくよく観察してみれば文化ホールなどの場所には人が集まっていて。つまり、この店を「ゆっくり過ごせる場所」にしたかったんです。
─カフェとしても機能するというか。
阿久沢さん そう考えた時に、「カレー屋」だとハードルが高くなってしまうなと思って。食事を別のお店で食べてきても入りやすい、そんな位置づけを目指してコーヒーも提供しています。
─しかも、スペシャルティコーヒー。美味しいです。でも、いわゆる「ふつうのコーヒー」ではダメだったのでしょうか?
阿久沢さん ちゃんとしたものを出したいんです。東京のお店で出しても遜色ないようなものを、この町で提供したい。下仁田町はいわゆる田舎の町ですが、コーヒーが好きな人も暮らしていますし、受け入れていただけると思っています。
「この町でのやりかた」をバトンタッチしていく
─いざ地元の下仁田町に帰ってきて、どんな印象を受けましたか。感じた変化などあれば教えてください。
阿久沢さん うーん……正直、あまり変わらないなと思いました。昔からやってるお店は相変わらず残ってますし。新しいのは古道具・熊川さんくらいですかね。
─お、熊川さん!過去に取材しました。店主の西原さんとはお話されましたか?
阿久沢さん はい、帰省してすぐのタイミングで古道具を見に行きました。シモンフッド開業の噂をすでに聞いていてくれて、よく一緒に仕事の話をしています。
─シモンフッドのオープンから半年。想定外だったことなどはありますか?
阿久沢さん 今のところ、だいたいイメージ通りかもしれません。あ、でも……もうちょっと地元のお客さんの比率が大きいかなと思っていたのですが、週末は町の外から来てくれる人が意外に多くて。長野県からいらっしゃる方もいました。
─これから仕事し、暮らしていく下仁田町という地元に対して、どんな想いがありますか。
阿久沢さん 小さい町だけど、やっぱり好きですね。おいしい飲食店もいっぱいあって、名物のカツ丼は特に絶品です。家庭ごとに「お気に入りの店」があるのですが、自分の家は「食亭エイト」派でした。めちゃくちゃ美味しいのでぜひ食べてほしいです。
あと……自分はメディアの仕事をしていたこともありますが、やっぱり不特定多数を相手にすると、どこまで伝わっているのか分かりづらいことがあって。ローカルでお店をやるとお客さんの顔が見えやすいし、反応がすぐに分かるのが嬉しいです。また、行政や金融機関の方から気にかけてもらってる感じも強いですね。こういうことがあると、小さい町でやってよかったな、と思います。
─今後の、お店としての展望はありますか。
阿久沢さん これから下仁田町でお店を開く人のためのモデルケースになりたいと思っています。こう考えるようになったのにはきっかけがありまして……
少し前にお店に来てくれた高校生が「将来、下仁田でお店をやりたい」と語ってくれたり、家でコーヒー豆を焙煎しているという中学生が来店してコーヒーの話をしてくれたりということがあったんです。
─こんなお店が地元にあったら、ワクワクしますもんね。
阿久沢さん このチャレンジショップの取り組みもそうですが、仕組みやハコがあるのに若い人が集まりづらいのは、みんなが町をどんなふうに使ったら良いか分からないからなのかなと。でも実際にお店を見てみると、ああこうやればいいんだ、とイメージがつきやすくなります。
─すごく希望になると思います。
阿久沢さん 先の2人のように、目を輝かせながら将来を語る若い人が「こんな感じなら下仁田でも商売できるんだ」と感じてくれたら嬉しいですね。そしてバトンがどんどん手渡されていったら、町にも貢献できる気がして。
取材中も、シモンフッドにはたくさんのお客さんが訪れていました。地元の方が来れば同級生や学校などの超ローカルトークが広がり、町の外から来たお客さんとはUターンの話で盛り上がる。
下仁田という町の中でゆっくり過ごせる貴重な拠点でもあり、外側との接点にもなっているこのお店。おいしいカレーとコーヒーを媒介にして、これからも人々が勝手につながっていくのかもしれません。