高崎市根小屋町に佇む、新生姜の漬物が大人気の八百屋「宮石青果店」。昭和29年の創業からその商売を支えてきたのは、近隣に住むおばちゃん・おばあちゃん達のコミュニティでした。
上信電鉄沿線のまち、根小屋。美しい田園風景の広がる県道30号線から一本、西へ入ります。
細い斜面を少し上ると、静かな住宅街の中に忽然と姿を現すおしゃれな建物。
ここは宮石青果店という小さな八百屋さんで、1954年創業の老舗です。2019年3月にリニューアルされた店舗は、和を感じるシックな質感。
まいにち市場から仕入れた新鮮な野菜や果物などを販売しているほか、実はもっとも好評なのが「自家製の漬物」です。
特にこちらの「新しょうが漬」は爆発的な売れ行き。1日150kg以上を漬け込み、それがその日のうちに品切れになってしまうほどの人気です。
大型スーパーとの差別化から始まったという漬物は、一切宣伝活動をせず、店頭販売がメイン。それにも拘らず多くの人に愛されるのには、宮石青果店がご近所づきあいの中で育ったブランドであること、みんなに旨いものを食べてほしいという想いがあることが鍵になっていました。
お話を伺った人:宮石松雄さん
株式会社宮石青果店 「新しょうが漬」考案者。
商売を続けるために開発した漬物
─ 立地に驚きました。高崎市とはいえ、こんな場所で営業されているとは…。
初めて来た人には、よく驚かれるんだよ。こんな田舎で、こんな奥まったところに店があるんだねって。友達に金物屋さんがいてね、うちで商品を売ってみるかいって提案したんだけど、最初は「こんな分かりづらい立地でお客がくるのか?」って心配しててな(笑)。けど実際にたくさん来るから、たまげてたなあ。
─ 新しょうが漬、ツーンとせずシャキシャキで美味しかったです。どうして漬物を作ることにしたのでしょう。
大型スーパーに敵わないからだな。こういう場所で商売を続けるには、何か別のことを始めなきゃって思ったんだ。最初はリヤカーで引き売り、次に店舗を持って野菜を売る。そしたら次はもう八百屋さんじゃ食べていけなくなる時がくるわけだ。
色々やったんだけど、「漬物でもやってみるか」と始めた沢庵、生姜の漬物が1日に200個とか300個とか売れてな。130万くらいの売り上げになったんだ。まあこれも時代だな。当時は砂糖でさえ目玉商品だったくらいで、そもそも他におかずがねえからな。
コミュニティの要は「おばちゃん」と「おばあちゃん」
─ 宮石青果店は、地域のコミュニティの中で育ってきたという歴史があるそうですね。
確かに、ただただ遊びに来たり、手伝いに来たりする人もたくさんいるな。頼んでるわけじゃないんだけどね。こういう小ちゃい店は、来た人が知らない人と喋るっていうのが特徴なんだよ。今日は暑いね、寒いね、っていう一言が交わされる。スーパーではないだろ、こういうのは!それがつながりになれば、と思って、俺は誰とでも喋るんだ(笑)。
─ 小さいお店ならではの距離感ですね。お手伝いには、どんな方がいらっしゃったのでしょうか?
漬物がえらく売れるようになってから、製造が追いつかなくなってな。たまたま知り合いのおばちゃん連中がいたから5人くらい集めて、始めはタダで手伝ってもらったんだよね。みんな口を揃えて「手伝いたくて来てるんだから金はいらねえよ」って言うんだけど、そこまで甘えらんねえから、うまく回ってからは1週間に5000円くらいあげてたかな。
─ 「このお店に貢献できることが嬉しい」みたいな感じですかね…?すごい…。
しかもさ、みんな朝5時ごろから来てくれるんだよ。そしたら次は、「あの人は何時に来たから、私はもっと早く来る」とか競争しはじめてな(笑)。仕事ができることが嬉しいんだ、って言ってたなあ。だから、「仲間をつくった」というよりは「勝手にできた」のほうが近いかもな。暇なおばちゃんがいて、俺も手を借りたい。その相性が良かったんだな。
─ こういった「地域に愛されるお店」って、なかなか実現が難しい気もしています。
それはね、積み重ねなの。なんでもそうでさ、みんな売れると思って作るんだけどなかなか当たらないじゃない。自分だけではできないことが多いからな。結局は友達の力を借りるんだから、それくらい魅力がある仕事をしねえとな。
─ まだインターネットが普及する前の時代に仲間を増やしていったわけですよね…?
基本的にうちの商品は口コミで売れていったんだよ。インターネットなんてものはなかったね。今だってケータイをやっと使ってるくらいで、よく分かってないしな(笑)。あそこの漬物は予約じゃなきゃ買えないって評判が広がって。そういう噂が広がると、みんな欲しくなるみたいでな。
それと、昔は「おばあちゃん」が強かったんだよ。年寄りは喜ばれることが好きだから結構まとめて買ってくれたんだ。今はおばあちゃん達が来られなくなったけども、代わりに味を知ってる子供世代・孫世代の人たちが来るね。
─ おばあちゃんのパワー!
あとは、保険の営業さんとかがおばあちゃんのお客さんに持っていくことも多いね。それを待ってるおばあちゃんがたくさんいて、契約に結びつきやすいらしいね(笑)。なんにせよ、おばあちゃんが要になってるという感じがするね。
本当にいいものだけを売る「正直販売」
─ ところで、お野菜も美味しそうで安いですね!八百屋としてのこだわりみたいなものはありますか?
今の時代、みんなスーパーで野菜を買うだろ。そうすると、新鮮じゃなくても平気になってきちゃうんだ。きゅうりとか真っ白でも平気になっちまう。ウチはそういうのは売りたくないんだ。俺らは自分で毎日市場にいってるからさ、たくさんの現物を見て、いいものだけを仕入れてる。
─ 八百屋さんの中には、市場に行かないで仕入れてるところもあるのでしょうか。
いるよ!でもそうすると高くなるし、たくさん集めてたくさん売らなきゃならない。うちはずっと市場で仕入れることにしていて、ここんちの何番がいい、とかいうのを目利きしてる。
─ あくまでも、お客さんに誠実に……ですね。
嘘ってのは、言いすぎちゃいけねえんだよ!たまに言うくらいはいいけどな(笑)。人間はお化粧したら綺麗になるけれども、野菜は嘘つけないから。スーパーと同じもの売ってるんじゃ、それこそ小さい店はやっていけない。こんな場所まで買いに来てくれるってんだから、いいものを、ね。安くてわりいものを買ってもらったってしょうがないじゃない。
「すぐ食べられるもんってのは、そんなに旨くねえんだよな」
─ 「みんなにいいものを食べてもらいたい」という気持ちは、どこから生まれたのでしょうか。
今はいい時代になっちまったせいで、「ものが旨い」っていう感覚を知らねえ子供が多くなったからかもな。かわいそうだけど。たとえば正月に餅が食えることのありがたみを感じたことなんて、ないだろ?
─ そうですね……餅は好きですが、そこまで昂らないというか……。
だろ?でもやっぱり当時は何食ってもうまかったんだよ。焼いて醤油つけて海苔で巻いて食べて。親の目を盗んで食ったり、兄妹が3人も4人もいれば取り合いになったりしたもんだ。すぐ食べられるもんってのは、そんなに旨くねえんだよな。腹が減ってるからうまいの。今は同じものを食べても、そんなことを思わなくなっちゃったんだなあ。旨いっていう感覚が麻痺しちゃってんだ。
─ だからこそ、他では食べられない美味しいものを食べてほしいと。
昔からお客さんやお手伝いのおばちゃん達に好かれてきたから、俺らもみんなを大事にしたいの。良いものを良いよって言って出す、誠意だよな。それっきりないよ。
店舗はリニューアルされても、よいコミュニケーションがあること、宮石青果店の「美味しいものを食べてもらいたい」というスタンスは変わらないまま。その証拠に、お店には絶えずお客さんが訪れ、「どのスイカがおいしいかな?」「家内に漬物を買っていきたいんだけど…」と相談していました。
地域の中でビジネスを生み出し、継続していくために必要なのは、「自分たちにしかできないこと」を発見し、誠実さをもって人々と関わっていくことなのかもしれません。
宮石青果店のおいしい漬物は、季節によってラインナップが変わります。
新しょうが漬とはくさい漬は4月〜10月、国府はくさい漬10月〜2月、らっきょう漬は6月〜8月、セロリ漬やだいこん漬は通年……など。詳しくはウェブサイトをご覧ください。
宮石青果店
本店 群馬県高崎市根小屋町2187-3
山名支店 群馬県高崎市山名町1513-1